情報被害の話ではない

中国系集団が AI 攻撃ツール ARTEX と DeepSeek でスパイ活動

CrowdStrike は、中国系の VAPOR PANDA が AI ペンテストツール ARTEX を主に DeepSeek で動かし、14以上の国と200を超える組織を狙ったと報告した。日本の名前は出ていない。守る側が見るべき兆候をまとめた。

要点

  • CrowdStrike は、中国系の攻撃集団 VAPOR PANDA が、AI で侵入を自動で進めるツール ARTEX を、主に DeepSeek の AI で動かしてスパイ活動を広げたと報告した。
  • 狙われたのは少なくとも14の国の200を超える組織で、外務省、国防、製薬、半導体、原子力、通信などが含まれる。
  • 人間が中国語で指示を出し、AI が複数の侵入を同時に進めていた。少ない人数でも、前よりずっと多くの相手を狙えるようになったことが分かる。

何が起きたか

CrowdStrike は2026年10月29日(米国時間)、ブログで報告を出した。中国とつながりのある集団 VAPOR PANDA が、ARTEX を使って攻撃を広げていたという内容だ。

ARTEX は、本来は許可を得た安全点検(ペネトレーションテスト。攻撃者の立場で弱点を探す検査)を自動で進めるためのツールである。CrowdStrike の説明を短くまとめると、ARTEX は複数の AI エージェント(自分で判断して作業を進める AI)のチームで動く。手を動かす役、段取りを考える役、それらを束ねる役に分かれ、分かったことを1か所に書きためて使い回す。入り口を見つけるところから、社内の別のマシンへ広がるところまで、この仕組みで進めていく。

どれだけ AI を使ったかの目安として、CrowdStrike は数字を1つ挙げている。1回の侵入で、段取りを考える役の AI に入力された量は約14億トークン(AI が文章を数える単位)だった。使った AI の中心は、中国発の DeepSeek だったという。有料で契約する商用の AI も併せて使われていたが、CrowdStrike はその製品名を特定できていない。

人間が手を離していたわけではない。操作する人が中国語で「人間の指示」と書いた命令を出し、要所で AI の向きを変えていた。たとえばある製薬会社の中では、CrowdStrike の検知ソフトが入っていない Windows のマシンを探すよう AI に命じていた。

CrowdStrike が挙げた侵入の例は次のとおりである。

  • 米国の製薬会社: クラウドのログイン連携の不備などを AI がつなげて使い、多数のサーバーを操作できる権限から、会社全体の管理者の権限までたどり着いた。
  • ギリシャの政府機関: 操作する人が、メールサーバーから2022年に書き出されたディレクトリのデータを AI に渡した。その中の鍵は、書き出しのあと交換されていなかったとみられる。AI はこの鍵で管理者のトークン(ログイン済みを示す証明)を偽造し、メールを読んだ。VPN(社外から社内に入る通り道)に入るときには、別のものを使った。1つは、ある利用者の送信メールから見つけた VPN の設定だ。もう1つは VPN の接続用の鍵で、操作する人は「2024年5月のメール流出から来た」と説明していた。
  • 9つの組織: BLOODALCHEMY という、裏口を作る不正なプログラムが入れられた。

CrowdStrike の見立てでは、今回の活動で VAPOR PANDA の手は新しい業種や地域にまで伸びた。この集団は2021年ごろから、長く入り込める足場づくりを続けてきたとされる。相手は政府やシンクタンク、エネルギーや鉱物などの資源を扱う組織が中心で、地域は英国とそのほかの欧州、北米、オセアニアだった。AI を使った侵入の道具が確認されたのは、今回が初めてだという。

日本の利用者への影響

CrowdStrike の報告には、日本の名前は出てこない。名前が出たアジアの国はフィリピンだけで、ほかは「アジアの外務省」と地域でぼかして書かれている。ただし報告は、狙われた組織のうち一部しか明かしていない。日本が入っていないと言い切れる材料もない。

国内では、JPCERT/CC が2026年10月23日に注意喚起へ書き足し、ARTEX などの AI ペンテストツールを悪用した攻撃の試みを確認したと伝えた。今回の話で大事なのは、同じツールが国家系の集団のスパイ活動にも使われていることである。

今すぐやること

  1. 古い鍵やパスワードを入れ替える。漏れたかもしれないと思ったら、今使っている鍵だけでなく、昔のバックアップや書き出したデータに残る鍵も対象にする。CrowdStrike もこの入れ替えを勧めている。ギリシャの例では、何年も前の鍵がまだ使えた。
  2. 外から届く機器の更新を後回しにしない。CrowdStrike が特に挙げるのは、何年も動かしっぱなしの Linux サーバーだ。
  3. 検知ソフトの入っていないマシンをなくす。攻撃者は、守りのないマシンを AI に探させていた。CrowdStrike は、インターネットから届かない社内のサーバーも含めて入れるよう勧めている。
  4. クラウドの権限を絞る。たくさんのサーバーに命令できる役割は、必要なサーバーだけに限る。システムの担当者に確かめてもらう。

背景

ARTEX の悪用は、ここ数週間で次々に報告されている。Microsoft も10月21日、中国の国家とつながる別の集団 Storm-0940 が ARTEX を使い、ConnectWise のクラウドバックアップを足がかりにした攻撃を進めたと報告した。CrowdStrike は、今回の VAPOR PANDA の活動は Storm-0940 とは別物だと書いている。

CrowdStrike は、中国系の集団が AI に任せる範囲が一段広がったとみている。侵入1件ごとに AI を使う段階から、人間1人の指揮で複数の侵入を同時に回す段階へ移った、という見方だ。この先1年ほども、中国系の集団が ARTEX に似た道具を取り入れる流れは続くと CrowdStrike は予想している。AI は攻撃のやり方を新しくするより、手数と速さを増やす方向で効いている。守る側は、古い鍵の放置や更新の遅れといった基本の穴を、これまでより早くふさぐ必要がある。

技術者向けの詳細
  • 出典: CrowdStrike のブログ(2026-10-29)。OverWatch は、1つの ARTEX 制御サーバーからの悪用活動を11日間観測したとしている。
  • 報告に CVE 番号はない。使われた弱点は種類で書かれている: 署名のない SAML アサーション、XXE、IMDS への問い合わせ、認証のないオーケストレーションサービス、LAPS パスワードの読み取り、RBCD、交換されていない鍵。さらに VPN クライアント鍵も使われた。この鍵は、操作する人が「2024年5月のメール流出から来た」と説明していたもので、出どころを CrowdStrike が確かめたとは書かれていない。
  • 侵入後: BLOODALCHEMY(2023年10月に初めて報告)。正規の GameHook の実行ファイルを svchost.exe に名前を変え、graphics-hook-filter64.dll を読み込ませる。トンネルには Chisel と SoftEther を使った。
  • ARTEX の痕跡として CrowdStrike が挙げたもの:
    • コマンドラインの引数に artx か artex を含む
    • artx で始まるクラウドのロール名
    • art18- で始まるクラウド管理コマンドのコメント
    • C:\ProgramData\artx5v\ というディレクトリ
  • BLOODALCHEMY の C2 ドメイン(無害化表記): nginxmysql[.]com、sqlserver-sqlite[.]com、www[.]ddduuuppp[.]com。ハッシュ値と IP は一次情報の表で確かめること。
  • CrowdStrike の勧め: SAML の署名検証を必須にする、IMDSv2 を必須にする、クラウド管理コマンドを実行できるロールの範囲を絞る、署名鍵・事前認証の鍵・サービスの認証情報を交換する。
  • JPCERT/CC の注意喚起(ケース E)に載った送信元 IP は、調査時点で正規に使われている可能性もある。一致したことだけで侵害と決めつけない。

出典

一次情報

参考

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