情報被害の話ではない

Binance 63億ドル盗難、偽の採用面接と偽 Homebrew が入り口に

Binance が10月29日の約63.4億ドル盗難の初期報告を出した。偽の Homebrew、偽の採用面接の「課題」、社内 AI ツールの悪用、EIP-7702 の悪用までの流れと、DMM Bitcoin の件との共通点、偽の面接の見分け方をまとめる。

要点

  • 暗号資産の取引所 Binance は、10月29日に約63.4億ドル分の資産を盗まれた件について、これまで「乗っ取られた技術者のノート PC」が原因と説明していたが、どこから入られたかを初めて詳しく説明した。
  • Binance の説明では、入り口は「AI ツールを入れようとして落とした改ざん版の Homebrew」と「偽の採用面接で渡された課題のコード」で、その後、社内の AI ツールを足がかりにほかの技術者の端末へ広げられた。
  • 2024年に日本の DMM Bitcoin から約482億円が盗まれた件でも、偽の採用担当者が「入社前の試験」としてコードを渡しており、日本の技術者にとっても他人事ではない。

何が起きたか

Binance は11月3日、「29 October Binance Security Incident: Initial Findings and Response Update」という初期報告を公式の X アカウントで出した。CEO の Richard Teng 氏は、一度の失敗や一度の侵入ではなく、何か月もかけた攻撃だったと述べている。

報告では、関わった社員を「技術者 A・B・C」と呼んでいる。Binance の説明をまとめると、入り口が2つあり、そこから社内に広げる段階、送金する段階へと進んだ。

入り口1: 改ざんされた Homebrew(6月) 6月、改ざんされた Homebrew(Mac にソフトを入れる道具)が技術者 A の端末に入った。技術者 A はウォレット(暗号資産を管理する仕組み)の運用を受け持つ人で、AI コーディングツールを入れようとして、検索で見つけたものを使ったのがきっかけだった。端末は Binance が見つけて取り替えた。ただ Binance によると、その時点で攻撃者は、技術者 A がどんな役目か、ウォレットのチームにほかに誰がいるかをすでにつかんでいた。

入り口2: 偽の採用面接(9月) 9月には、技術者 B の端末が、面接の「課題」として渡されたコードで感染した。動かす準備をしているうちにマルウェアが動いたという。Binance は、それまで知られていなかった型のマルウェアだったとしている。課題が渡される前には、求人サイトでの声かけ、偽の面接、架空の会社の「CEO」とのやりとりがあった。Binance は、手間と時間をかけて信用させる手口だったと説明している。

社内に広げる段階(10月20日) 次に攻撃者が使ったのは、社内の AI ツールだった。技術者 B の端末を出発点に、このツールを通じて技術者 A と C の端末も乗っ取った。ここで重かったのは、技術者 A の端末に、コンテナ(サーバーで動かすプログラムの入れ物)を置ける権限のトークン(鍵)があったことだ。

送金の段階(10月29日) 当日の作業には、技術者 C の端末と、技術者 A から盗んだ認証情報が使われた。報告の時刻で 17:15〜19:56(報告にタイムゾーンは書かれていない)の間に、攻撃者はこれらを使ってコンテナを置き、悪いスクリプトを走らせた。そこから社内の「署名サービス」(送金を承認する仕組み)を勝手に使い、ふだんの出金の手順を通さずに送金を始めた。

送金は XRP・SOL・OP・BTC・ETH などに及んだ。Binance によると、相手は Ethereum の EIP-7702 という仕組みを悪用して、ウォレットの一部を操作できる権限を悪いプログラムに与えていた。この権限は出金を止めても消えないため、外し終えたのは報告の時刻で30日 0:10 だった。

Binance は、凍結や差し止めができたのは約28.5億ドル分で、損は利用者ではなく会社が負うとしている。10月31日の時点で、減った分の98%を補ったという。

FBI は10月31日の alert で、北朝鮮が支援する TraderTraitor という集団が Binance から60億ドル以上を盗んだと発表した。これに対し、北朝鮮の金与正氏は談話で「ばかげた主張」だと否定したと報じられている。

日本の利用者への影響

Binance の報告は日本に触れていない。日本向けの Binance Japan に影響があったかどうかは、確かめられていない。

ただ、同じ手口は日本でも使われた。警察庁と FBI などは2024年12月、DMM Bitcoin から約482億円(4,502.9 BTC)が盗まれた件を TraderTraitor の仕業だと発表した。FBI の説明では、最初にねらわれたのは DMM Bitcoin ではなく、取引を支える日本のウォレットのソフトの会社 Ginco の社員だった。2024年3月、LinkedIn 上で採用担当を装った人物がこの社員に GitHub 上の Python のコードを「試験」として渡し、それがきっかけで社員が乗っ取られた。攻撃者はその後、DMM Bitcoin の送金の依頼を書き換えたとされる。

偽の面接、課題のコード、技術者を足場にして送金の仕組みにたどり着く、という流れは2つの件で共通している。暗号資産の会社だけでなく、そうした会社とつながる開発会社や、転職活動中の技術者も狙われうる。

今すぐやること

Binance は他社への具体的な勧めを出していない。ただ、2026年に自社で見つけて防いだ、北朝鮮が関わるとみられる57件の手口として、偽の採用面接、人気の開発ツールを装ったソフト、偽のビデオ会議アプリなどを挙げている。これをもとに、次を勧める。

  1. 面接で「課題」としてコードを渡されたら、仕事用のパソコンで動かさない。動かす必要があるなら、会社のセキュリティ担当に相談する。
  2. 面接の相手の会社が実在するかを、相手から渡されたリンクではなく、自分で探した公式サイトなどで確かめる。
  3. ツールは検索広告から入れず、公式サイトから入れる。「このコマンドを貼り付けて」と言うページには特に気をつける。
  4. 面接で知らないビデオ会議アプリを入れるよう言われたら、断るか、別の端末を使う。
  5. Binance を使っている人は、Binance の公式の発表で出金の再開などを確かめる。この件に便乗した偽のサポートや偽の補償の案内に気をつける。

背景

北朝鮮が関わるとされる暗号資産の盗難は、これまでも続いてきた。2025年2月には、FBI が Bybit からの約15億ドルの盗難を TraderTraitor の仕業だと発表している。Binance は、2026年に入ってから北朝鮮が関わるとみられる攻撃を57件見つけて防いだとしている。

今回目立つのは、社内の AI ツールが広げる道具に使われた点だ。AI ツールは多くの端末やシステムにつながる。そのため、1台が乗っ取られると、ほかの人の端末にまで届きうる。Binance は、AI ツールと、そのアクセスの管理を作り直したとしている。

なお、Binance は技術的な細部の一部を明かさないとしており、外部のセキュリティ会社による調査はこれからだ。

技術者向けの詳細
  • Binance の報告による時刻(報告にタイムゾーンの記載なし)
    • 10/29 17:15〜19:56: 技術者 C の端末を経由し、技術者 A の認証情報でコンテナを配置、スクリプトを実行
    • 20:05〜20:09: 5つのホットウォレットから 233.46M XRP を送金。続いて約970,500 SOL、44.2M OP、18,270 BTC
    • 23:56: 先に送られていた 2,961.9 ETH の送金が確定
    • 10/30 00:10: EIP-7702 の委任(delegation)を解除。ウォレットは MPC(鍵を分けて持つ仕組み)のため、解除に特別な手順が要った
  • 侵入の要素: 手を加えた Homebrew のインストール(6月)、偽の採用面接の課題リポジトリ(9月、開発ツールの部品を差し替え、外部のサーバーに接続し、跡を消す)、社内 AI ツールを使った横への広がり(10月20日)、コンテナを置く権限のトークンの窃取
  • Binance の対応(報告から)
    • 作り直したもの: 被害を受けたウォレットの仕組み(新しい環境で)、社内 AI ツールとアクセス制御
    • 替えた・止めたもの: 関係する端末、関係する技術者の認証情報とトークン
    • 広げた点検: 全社員の端末のスキャン、AI を使った振る舞いの異常検知
  • FBI は alert で、盗まれた資産に関わるアドレス(BleepingComputer によると Ethereum 608、Bitcoin 19、Solana 1)を出し、事業者に取引を止めるよう求めている。アドレスの一覧は FBI の alert で確かめる
  • 社内での点検の目安: 開発者の端末に、公式でない手順で入れたパッケージ管理ツールがないか。面接の課題のリポジトリを仕事用の端末で clone・ビルドした記録がないか。AI ツールやデプロイ用のトークンの権限が広すぎないか
  • 似た手口: SANS ISC は2026年5月、検索広告から偽の Homebrew のページに誘い、Mac の情報を盗むマルウェアを入れさせる手口を報告した(diary)。Binance の件と同じものかどうかは示されていない
  • 金額は出どころで違う。Binance は約63.4億ドル、TRM Labs は約63.6億ドル、Elliptic などは約64.3億ドルとしている

出典

一次情報

報道

参考

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